録音探訪
Created at 2020/12/13 15:29:28and last updated at 2020/12/14 1:50:01bynikorisoft
このエントリは、ニューノーマル ぴょこりんクラスタ Advent Calendar 2020のために書かれたものです。
同じ曲であっても演奏者によって、曲の印象というのは変わるものです。特にクラシックの曲には、同じ曲をいろいろな演奏者(指揮者・オーケストラ)が演奏した録音があるので、いろいろと楽しむことができます。
今回は、自分の好きな曲を題材にして、どんな違いがあるのかを見ていきたいと思います。なお、今回は録音自体を見ていくので、結果として表れたのが指揮者や奏者の意図なのか、単に録音の都合なのかミキシングや編集の都合なのかは区別しません(できません)。結果として、CDや聴くことのできる状態の音源がどうなっているかだけを見たいと思います。
といっても、正直、各楽器の奏法とか情緒とかはよくわかりませんので、わかりやすいテンポとどの楽器(旋律)が強調されているのかを主に見ることになるでしょう。 でも、人ごとの聴覚や、スピーカーなど再生環境の違いがあるので、どこまでいっても主観的というか単なる感想の域を超えない部分が多々ありますが、まあ個人の日記なんてそんなものでしょう。
題材
今回の題材は、セルゲイ・プロコフィエフの交響曲第5番 Op.100です。1944年作曲、1945年初演です。
プロコフィエフの楽曲の中でも、かなり人気の高い曲なので、メジャーな曲といってもよいでしょう。わかりにくい現代音楽というカテゴリーにはきっと入らない曲です。
さて、それなりに長い曲ですので、ごく一部分ですが、第4楽章(Allegro giocoso)のコーダ部分のみを今回の記事の内容にしてみたいと思います。これなら1分半くらいなので楽ですね。
なお、曲の著作権的には、日本ではパブリックドメインですが、アメリカではまだ著作権が存在します。面倒な話ですね。
スコアは、このあたりからダウンロードできます(ただし、前述の著作権の関係でアメリカやヨーロッパを除く)。
参考動画
著作権的に問題のなさそうな演奏の動画をベースに対象の部分を書いていきたいと思います。
曲調があきらかにおかしくなるところで、スコアでいえば、練習番号107からということになります。
比較した録音
自分がこれまでに購入したCDなどの録音ということにします。ハイレゾのやつを除いて、Naxos Music Libraryにすべてありました。すごいですね。
なお、Naxos Music Libraryには別の演奏者の録音がもっとありますが、まあ数を増やすと大変なので、このくらいで。
記号 | 指揮者 | オーケストラ | 録音年 | 音源リンク |
---|---|---|---|---|
Dutoit | Charles Dutoit (シャルル・デュトワ) | Orchestre symphonique de Montréal (モントリオール交響楽団) | 1988 | NML |
Karajan | Herbert von Karajan (ヘルベルト・フォン・カラヤン) | Berliner Philharmoniker (ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団) | 1968 | NML |
Gergiev | Valery Gergiev (ヴァレリー・ゲルギエフ) | London Symphony Orchestra (ロンドン交響楽団) | 2004 | NML |
Ozawa | 小澤征爾 | Berliner Philharmoniker (ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団) | 1990 | NML |
Košler | Zdeněk Košler (ズデニェク・コシュラー) | Česká filharmonie (チェコ・フィルハーモニー管弦楽団) | 1979 | NML |
Previn | André Previn (アンドレ・プレヴィン) | Los Angeles Philharmonic Orchestra (ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団) | NML | |
Alsop | Marin Alsop (マリン・オールソップ) | Orquestra Sinfônica do Estado de São Paulo (サンパウロ交響楽団) | e-onkyo |
ところで、なぜかモノラルの古い録音がもてはやされたり、なぜかハイレゾで売っていたりするわけですが、やはり伝説的な、あるいは良い演奏といっても限度がある気がいたします。基本的には新しめの録音が好きな人間です。
対象部分
改めて書きますと、第4楽章の練習番号107から最後までとします。もしかしたら参照しているスコアとは注記が違う可能性がありますので、参考動画で対応する箇所を示しておきます。
練習番号 | 参考動画の箇所 |
---|---|
107 | 42:59 |
108 | 43:15 |
109 | 43:28 |
110 | 43:43 |
111 | 43:59 |
112 | 44:16 |
113 | 44:27 |
諸元
- 速度指定
- Allegro giocoso 𝅗𝅥 = 72
種類 | 編成 |
---|---|
木管 | ピッコロ、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン(コーラングレ)、ピッコロクラリネット、クラリネット2、バスクラリネット、バスーン(ファゴット)2、ダブルバスーン(コントラファゴット) |
金管 | ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ |
打楽器 | ティンパニ、トライアングル、シンバル、タンバリン、スネアドラム(小太鼓)、ウッドブロック、バスドラム(大太鼓)、タムタム(銅鑼)、ピアノ |
弦楽器 | ハープ、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス |
テンポ
さて、ではまずテンポを見ていくことにしましょう。ラストはともかくとして、今回の対象ではそんなにテンポが変わっているようには聞こえませんが、意識でも無意識でもテンポは多少ぶれていると思います。 機械的に計測できて可視化してくれるものがあればいいのですが(きっとありそうな気はしますが)、今回も手で計測していくことにしましょう。
手法は、単に波形を見て(そして再生したものを聞いて)それぞれの練習番号の区切りとなるポイントを特定するというだけです。だいたい打楽器が目印になるのでよいですね。 とはいえ、小節(拍)の始まりとかうまく決めきれないところもありましたので、まあ200msくらいの誤差はあると考える感じでしょうか。
ともかくも測定した結果は以下の通りです。練習番号Nの行は、Nのある小節(inclusive)とN+1のある小節(exclusive)の間の平均テンポを表したものです。今回の対象部分は大半が2/2拍子ですので、2分音符の数で表しています。
練習番号 | Dutoit | Karajan | Gergiev | Ozawa | Košler | Previn | Alsop |
---|---|---|---|---|---|---|---|
107 (11小節) | 77.97 | 84.13 | 87.42 | 78.96 | 78.59 | 80.76 | 80.23 |
108 (9小節) | 74.49 | 84.87 | 85.95 | 78.57 | 79.10 | 79.69 | 79.74 |
109 (10小節) | 79.22 | 83.00 | 85.65 | 77.97 | 77.54 | 77.84 | 78.04 |
110 (11*小節) | 77.51 | 83.34 | 84.41 | 76.79 | 77.41 | 77.63 | 79.34 |
111 (12小節) | 77.58 | 84.43 | 86.41 | 79.11 | 79.19 | 79.38 | 77.84 |
112 (8小節) | 78.64 | 85.26 | 86.00 | 79.91 | 78.25 | 81.34 | 80.89 |
平均(107-111) | 77.40 | 83.95 | 85.99 | 78.30 | 78.38 | 79.06 | 78.99 |
- 練習番号110は、2/4が1小節入っているので、拍数としては21として数えています。
同じ音源を持っている方は検証してみてください。自分は、再確認はしていません。まあとりあえず正しいとします。
印象通りGergievが最も速いですね。一番遅いDutoitと平均で比較すると、1割もテンポが違います。ただ、KarajanとGergiev以外はだいたい似たようなテンポですね。印象もそんな感じです。
参考動画のテンポは、秒単位でしか計っていないのでさらに誤差が大きいでしょうが、平均(107-111)の値だけ見ると88秒(61小節)なので82.5ということになります。速い部類のほうですね。
ところで、スコアを見ると、指定のテンポは、𝅗𝅥 = 72となっています(これは第4楽章冒頭の指示ですが、ほかに指示がないので同じでしょう)。誰も守っていませんね。 近現代になると数字でテンポを指定している曲がでてきますが、大抵はその指定だと遅く感じます。これはなんでなんでしょうね。
前半部分 (107, 108, 109, 110)
同じような音形・旋律を繰り返しつつ、だんだん楽器を増やして盛り上がっていくパートです。
ポイントを3つピックアップしてみました。
107冒頭
107の冒頭ですが、主な楽器のパートを抜き出すと以下のようになります(第2ヴァイオリン以下は省略)
トランペット(1)、第1ヴァイオリンのパート、トランペット(2,3)、トロンボーンの4つのパートを書きましたが、基本的に主旋律(?)としてどの録音でも目立っているのは、トランペット(1)と第1ヴァイオリンのパートです。
ただし、Dutoitに関しては、かなりトロンボーンのパートが目立っています。ほかのも聞こえてはいるのですが、Dutoitが特に強く聞こえます。Gergievもはっきり聞こえるほうでしょうか。
KarajanとPrevinは、トランペット(1)も第1ヴァイオリンもトロンボーンもバランス良く出ている気がします。
Ozawaは、基本的には、トランペット(1)と第1ヴァイオリンがメインですが、トランペット(2,3)がトロンボーンよりも出ている点でこの中では珍しい気がします。
Košlerは反響がひどいのか、第1ヴァイオリンとトランペット(1)だけが目立ち、ほかの金管楽器はほとんど聞こえません。高音パートと打楽器(特に小太鼓)だけが響きわたっている感じです。まあこれはこれでおもしろいんですが。
Alsopは金管楽器はあまり目立たず、第1ヴァイオリンが最も強いですね。トランペット(1)は聞こえますが、それ以外は・・これもこれで珍しい感じです。
ほとんどの録音では、トランペット(2,3)はメインでないためか、ほとんどよくわかりません。トランペット(1)は、con sord. (ミュートつき)で、トランペット(2,3)は、senza sord. (ミュートなし)なんですけどね。まあ、音量ではなく響きを変える目的でしょうけど。
打楽器
次に、盛り上がりに欠かせない打楽器です。このパートで出てくるのは、ティンパニ・トライアングル・シンバル・小太鼓・ウッドブロック・大太鼓です。(ピアノはカテゴリ的に微妙ですしここでは省略)
ウッドブロックが出てくるのは、比較的珍しいと思うのですが、プロコフィエフは結構好んでいるようで、戦いの情景の音楽でもよく出てきます。音の響きから、なんか場違い感を感じて逆におもしろいのですが、まあともかく、ここぞという盛り上がりの箇所で使われています。自分はこの中では、やはり小太鼓とウッドブロックが好きです。
それはさておき、演奏ですが、トライアングルはどうしてもかき消される運命にあるようで(自分の耳のせいか録音のせいなのかはわかりませんが)、Karajanが一番はっきりしているようです。大太鼓は強い低音なので、これも録音状況によるのか、逆に目立たなかったりします。
Dutoitの演奏では、この二つ、大太鼓とトライアングルが弱めに聞こえます。
Karajanは、小太鼓がほかのよりあっさりとしている(だんだん感覚的表現に堕ちていく)ようです。奏法の違いなんでしょうか。あんまり響かない感じです。
Gergievは、どの打楽器もかなりはっきりと聞こえますが、やはりトライアングルは弱めでしょうか。
Ozawaは、小太鼓が弱めな一方で、ウッドブロックがよく聞こえます。
Košlerは、録音のせいなのか、打楽器だけはやたらと響き渡ってはっきり聞こえます。特に小太鼓がものすごくはっきりしています。でも、低音は響きすぎてボケた感じ(ティンパニとか大太鼓)になっていますね。
PrevinとAlsopは、どれも平均的ですが、Previnはトライアングルが弱く、Alsopは小太鼓が弱い感じな気がします。
上記の参考動画のものは、小太鼓が弱く聞こえますね。ただ、練習番号110や111の冒頭は、しっかり聞こえるので、メリハリをつけているだけのようでもありますが。
110の小太鼓
これは、特定の録音だけの例ではありますが、Košlerでは、練習番号110のところ(第4小節から)に、大太鼓に重ねてどう聴いても小太鼓を同時に使っているようです。 手元のスコアでは、下記のようになっています。
小太鼓はこの間完全に休符ですが、大太鼓の青で示したところに合わせて小太鼓が鳴っているようにしか聞こえません。
もちろん、利用しているスコアの版の違いなどの可能性もありますが、指揮者によってはこういったアレンジを加えることもまああるのでその可能性もあります。あまりに細かいのでよくわかりませんが。
ただ、ここで小太鼓を使っている演奏は、Košlerのものだけでした。
後半部分(111, 112)
最高潮に達するところですね。そもそもこの記事を書こうと思ったのは、Previnの録音を聴いて、ここでほかの録音であまり聴いたことのない音がしていたので、何これと思ったことによるものです。
ですので、ここだけ書けばよかったのかもしれませんね。とりあえず見ていきます。
111冒頭
練習番号111の冒頭ですが、主なパートを抜き出すと以下のようになります。トランペット(1)・トロンボーンと弦楽器が主旋律(譜例の赤色の部分)となっていることは、間違いないのですが、その合間の部分で、Previnはトランペット(2・3)(とホルン)のパート(譜例の青の部分)を合いの手のように強調しているのです。
AlsopはPrevinほどまで強調していませんが、確かに意識すると聞こえます。Ozawaはわずかに聞こえなくもない感じです。他方、Dutoit, Karajan, Gergiev, Košlerからは、ほとんどその形跡すら聴くことができません。
だいたいの傾向からすると、このパートを意識するとしても、Alsopくらいが妥当で、Previnのはいくらなんでも強調しすぎな気がします。しかも、上の赤で示した部分だけが強く、それ以外の部分は明らかに弱めなのですが、スコア上では、2拍目のアクセント以外はそういう指示にはあまり見えません。
まあこの辺ももちろん指揮者の解釈次第なので、悪いというわけではなく、おもしろいということです。
112冒頭
そしてさらにその続きの練習番号112ですが、同様に主なパートを抜き出すと以下のようになります。
だいたいの録音は、弦楽器(第1ヴァイオリン・第2ヴァイオリン・ヴィオラ)のパートと木管楽器(ピッコロ・フルート・オーボエ・ピッコロクラリネット・クラリネット)のパートの掛け合いを主軸にしています(譜例で赤色で示した部分)。
で、Previnは、ここでトランペット(2・3)とホルンの音(譜例で青色で示した部分)を強調しています。弦楽器の音がかなり弱めになっています。同音がププププと続くし、リズム的にも打楽器パートと同じなので、ちょっと間の抜けた感じに聞こえてしまうのですが・・・
このパートがはっきり聞こえるのは、これ以外の録音では確認できませんでした。あくまでバックグラウンド扱いですね。
ところで、Košlerは、この部分が弦楽器すら弱く、小太鼓ばっかり聞こえます。その上、2小節目の小太鼓が弱い(譜例の緑色の部分)というか叩いてないようにも聞こえるんですが、これは・・
ラスト(113)
で、この曲のラストの特徴ですが、突然ここから弦楽器がソロになります。最後の小節の手前で、Tuttiになりほかの楽器も加わりますが、ラスト手前で小規模編成になるのがおもしろいところですね。
ここで使われている楽器は、コーラングレ・トランペット(2,3)・シンバル・タンバリン・小太鼓・ピアノ・ハープ・弦楽五部ソロです。
この部分はどの録音でもだいたい同じなのですが、Ozawaだけ打楽器が独自路線に聞こえます。下記のようなリズムなのですが、
Ozawaだけわざとだと思いますが、タンバリンパートが、タンバリンではなく、シンバルを打ってるように聞こえるんですよねえ。さらに、リズムをずらした演奏になっている気がします。ジャズっぽさを意識しているんでしょうか。ほかにこういう演奏をしている録音はありませんでした。
音のバランスとしては、このパートは、打楽器と弦楽器のソロパートとピアノのバランスをどうするかという違いですかね。この中では、Previn, Košlerは打楽器が強めでした。
まとめ
原典に忠実と思われるクラシック音楽でも(しかも指示が比較的しっかりしている1940年代の曲でも)、いろいろと演奏者によって明らかな違いが出ることがあることがわかりました。
ところで、この記事、スコアを見ること、各録音を持っていることが前提なので、企画として破綻している感がありますね。 もっと機械的な分析をするべきだったと思いますが、果たしてどこから手をつけるべきなのでしょうかね。とりあえず、テンポ解析からはじめるのが楽そうな気がいたします。
とりあえずここで言いたかったのは、練習番号111のところで、Previnの録音だけ変な音が鳴ってる気がするけど、解釈の違いで別に間違ってないよ!という気づきでした。はい。
あ、どの録音が個人的に好きかというのを書いていませんでしたが、若干速すぎるきらいはありますが(またうなり声が入っているのも若干マイナスですが)、Gergievが一番良いかなあと思います。
おまけ
この曲の好きなところはほかにもいろいろありますが、もう一個だけあげるとしたら、第2楽章の14小節目(動画の14:12くらいから)の、ピアノとバスクラリネットがユニゾンになっているところでしょうか。
バスクラリネットという楽器がなかなかいいなと思った箇所です(動画はピアノしか写してないけど)。